日々の定跡

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勝負雑感(故・大山康晴十五世名人の勝負に対する考え方)

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勝負雑感(故・大山康晴十五世名人の勝負に対する考え方) 

 将棋をたのしむアマと、生活をかけるプロとでは、心がまえに大きなちがいがあると思う。しかし、勝てばうれしいのは、共通した心理であるにちがいない。
ところで、”勝つ”というのは、困難なことである。技術に大きな差があれば、強い方が勝つのは当然だ。が、技術が対等になってくると、勝利を得ることは、なかなかむずかしい。
そこで、技術プラス勝負術が必要になってくる。将棋の場合でも、技術の進歩に努めるのはもちろん必要だが、それと平行しながら勝負術を身につけていかなければ、勝ちをにぎることは至難といってよい。

それなら、勝負術とはなにかといえば、つまり心理戦をいうのである。
終始気持ちを冷静に保つのがその第一。そこから正しい大勢観が生まれてくる。正しい大勢観から、最善の指し手が打ち出されるのである。
とはいうものの、人間であるかぎり、常に冷静であることは、これまた不可能に近い。

したがって、ミスは必ずつきまとう。ミスをやれば冷静を失いやすい。冷静を欠いたままに手を運べば、ミスより大きなミスを呼んでしまう。
そんなときこそ、ぐっと気持ちを押さえて冷静を取り戻すのが、勝負術の中でも肝心なことの一つである。
また、一回の勝負のうちには、必ず正念場にめぐり会うものだ。大勇をふるい起こさなければならないのは、そのときである。
危険を恐れて、安易をねがう気持ちになれば、勝ち運に見放されてしまう。”ことなかれ主義”は一番の禁物。たとえ落ちるような危険が見えても、橋を渡り切らなければ、目的地に到達できないのと同じである。
とはいえ、正念場をとりちがえて、ムヤミに危険に突入するのでは自滅の道を歩むことになる。また、少しでも不利に立った場合、”やむをえん”などと、ムリを承知で突貫するのは、負けを早めるにすぎない。
そんな場合こそ、しんぼうを重ねて、挽回をはかる努力が必要である。こちらが苦しいときは、相手も苦しいのが、勝負の常であるからだ。

最後に、勝負術の急所は、自分を知り、相手を知る努力である。自己の長所を伸ばし、相手の欠点をつくのが、形勢を有利に導くために、一番大切な条件だからである。
相手を知っていれば、意表をつくこともできる。自分を知ることによって、新手の創造も可能になってくる。
相手の待ちかまえる指し手を続けていては、勝利どころか、有利をつかむことさえ困難であるのは当然だ。
ことに将棋の場合は、計算にあかるくなければいけない。少しでも損をしたら、たちまち不利を招く。気持ちを冷静にし、じゅうぶんにおたがいを知りつくしていれば、狂いのない計算で勝利の道を歩くことができよう。

※名人・大山康晴著「快勝 将棋の勝負手」(池田書店)253~254ページより引用

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